特集 挑戦者たちの舞台裏

仕事と競技の両立を考える、シーズアスリート事務局の取り組み


 

状況把握
コミュニケーション、気付き

一仕事と競技の両立で留意していることは。 

選手が仕事と競技の両立をバランスよく行えているかを常に把握するように心がけ、コミュニケーションをとることです。全選手のスケジュールを事務局でも把握し、競技の状況や本人の体調、心境などを直接詳しく話すことで情報共有と理解を深めています。遠征や合宿で不在の選手も多いため、状況に応じてメールやSNSを利用し、社内情報や伝達事項のもれがないように努めています。

 

一仕事と競技を両立しているとこで良い相互作用、相乘効果も生まれるのでは。

人事考課がいい例かもしれません。選手たちは一般の社員と同様に半期毎に「目標管理シート」を作成し、仕事と競技の目標を立てています。いかに目標を達成するのかを計画し、半年後に振り返るようにしています。まず目標を決め、達成するための計画を立て実行し、経過を検証。

そしてまた実行するというサイクルは仕事も競技も同じです。この目標管理の業務を通じて競技での計画性が向上したと思います。 浦田選手は、ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得という目標を掲げていました。金メダル獲得という達成基準を満たした浦田選手は自己評価を最も高い「5」で提出をしました。

しかし「5で提出すべきではなかった」そう考えて直したんです。結果は残せたが結果に至るまでの過程に改善の余地はなかったか?と振り返ると最高の自己評価をつけるべきではなかった。

自分のやってきたことを完璧だと満足してしまえば成長はそこで止まってしまうので、常に向上心をもち自問自答をすることが必要だと感じたそうです。仕事と競技を両立しているからこその気付きだと思います。

 

挑戦者たちの意外?な素顔

一同僚だから知っている、選手の素顔やエピソードを教えていただけますか。

エピソードに事欠かせないのは小宮選手ですね。白杖を持たずに移動しようとしたり、講演で使うメダルを忘れてきたり、携帯電話の充電がいつも大事なときに切れたり(笑)。最近は自炊に凝っていて、キーマカレーにも挑戦したそうです。そんな小宮選手をいつも心配しているのが川野選手。何事も計画や段取りがきっちりとしていて、待ち合わせ場所に一番早く来ます。

でも、お酒を飲むとすごく陽気になります(笑)。信沢選手もまじめで、必ずキリのいいところまで仕事をして退社します。時々、練習時間なのに社内に残っているのが心配になりますが(笑)。準備万端で行動する信沢選手と対照的なのが浦田選手。性格が男前というか。行動がとにかく早い。考える前に動いています。気配りが素晴らしく、どんなメールにも「ありがとうございます」と返信しているのには感心させられます。

見えていない浦田選手から、道の間違いを指摘されるほど方向音痴なのが小西選手(笑)美人で人柄も文句なし、仕事も頼りがいがあるのに時々天然ぶりを発揮して和ませてくれます。天然といえば城間選手!初対面のメンバーに「わぁテレビで観ている人たちだ」とか、「福岡は裏通りもキラキラしていますね~」など迷言が多い(笑)。でも、面接では「引退しても親や沖縄に恩返しができる人になりたい」という名言も。性格もピュアで、コーチによればやんちゃな友達が自然と更生していったそうで、まさに島人(しまんちゅ)の宝(笑)ですね。

城間選手もあこがれる副島選手は一見ワイルドで、でも穏やかでシャイな一面もあり、甘いものが大好きなスイーツ男子です(笑)。そんな個性派集団を束ねる工藤リーダーは視覚障がいも何のその、文字校正の正確さは神レベル。社内で配ったお菓子を子どもにと持ち帰る、愛すべき親ばかでもあります。

 

やってみようという気持ち

一障がい者雇用において一番大切なことは。

やってみようという気持ちではないでしょうか。 「当社は環境的にちょっと・・・」「受け入れ経験がないので・・・」という声をよく聞きますが、ハード面の僅かな改善と周囲の方々の配慮で障がい者雇用は難しいものではなくなります。 みんながより快適に働くために支えあい補いあうことで会社全体の業務効率やムードも高まりますし、自らの障害と向き合い頑張っている姿は大きな励みや勇気につながります。障がい者雇用は決して高いハードルではありません。 私たちでよければ、遠慮なくご相談ください。

 

一最後に、2020東京を含めた今後のビジョンをお聞かせください。

2020東京は、パラスポーツにとって障がい者雇用の面でもターニングポイントとなるでしょう。しかしそこがゴールではないし、ブームで終わらせるわけには行きません。ひとりでも多くの夢に挑戦するアスリートのサポートを行うことで、日本の障がい者スポーツの発展と障がい者雇用の促進に貢献していきたいと思います。


はやし・たかき=文

フリーライター。1969年福岡県出身。2000年「月刊ホークス」誌の創刊に参画。以後、福岡ダイエーホークスおよび福岡ソフトバンクホークスファンクラブ会報誌、オフィシャルイヤーブック、「スポーツ報知」紙などで記事を執筆。