vol.48(2017.11)【特集】

工藤力也
コーチとして挑んだ初の世界舞台

ゴールボール日本代表を引退し、コーチ転向後、初の海外遠征に帯同した工藤力也に、6月のリトアニア遠征と8月のアジア・パシフィック選手権の舞台裏や自らが果たした役割、東京2020大会に向けた課題などについて語ってもらった。


一コーチとして大会に臨む心境は、選手時代とは違いましたか。 

選手の仕上がり具合など自分以外の物事を客観的に考えることが多いので、緊張感やストレスは選手時代より小さく、落ち着いた気持ちで大会を迎えられました。

 

一今回最も気をつけていたことは。

普段もそうですが、一番重要視しているのは明るく楽しいムードづくりです。 以前の全日本チームは、いつでもまじめに黙々と取り組んでいました。でも、人間の集中力はそう長続きしませんからね。 オンとオフのメリハリをつけ、本番でより集中してプレーしてもらえるように努めています。

 

一選手にしてみれば、元選手である工藤コーチの存在は大きいのでは。

普段からお互いにコミュニケーションを取っているので、全体ミーティングでほかのコーチに言いにくいことも日常会話の中で話してくれますし、その分こちらも早くアドバイスできる面はあります。そうやって監督やコーチ陣と選手の間を取り持っていきたいと思っています。

 

一そういう持ち味は発揮できた?

アジア・パシフィック(以下AP)選手権で、川嶋(悠太)選手から「工藤さんの言葉がなかったら準決勝で思い切り戦えなかった」とメッセージをもらったことがうれしかったですね。感謝されるのは、選手の力になっているということですから。

 

一どんな言葉をかけたのですか。

初戦のオーストラリア戦でディフェンスが崩壊して10失点したので、守備位置を普段より1メートル下げたら2、3戦目は勝利できたんです。しかし、守備の要であるセンターの彼は違和感をもっていた。 それを聞いて、準決勝のタイ戦の前に“迷っているなら元に戻せばいい。こうしたと思っているならやらないと後悔する”と言ったんです。

 

一それがいい結果につながった。

タイに勝ち、3位決定戦でも初戦で負けたオーストラリアを3失点に抑えてリベンジできました。実は、準決勝のイラン戦も残り3分まで3対1でリードしていたんです。

 

一結果が3対4ということは、残り3分で3失点してしまった。

最後の1失点は残り十数秒。勝てば決勝進出、世界選手権の出場権も取れると思ったのか急に動きが鈍くなったように感じました。 女子と違って勝ち慣れていない男子の弱さであり、世界との差だと思います。

 

一その後、どう立て直したのですか。

“3位に入れば世界選手権に出場できる可能性が高い。負けたことは忘れて最後に勝って帰ろう”と明るく言いました。3位決定戦まで3~4時間しかありませんでしたが、負けたままで終わらなかったことは今後につながると思います。

 

一勝利の味は選手時代とは違う?

それはコーチでもまったく変わりません。より客観的な立場だから喜びが薄いなんてことはなく、チームに貢献して勝った喜びは同じです。

 

 

一東京パラリンピックまで3年を切りました。メダル獲得への課題は。

一番は勝利に対するハングリーさ、目標の置き方でしょうね。強豪国はゴールボールのために1分1秒をストイックに費やしています。現状に満足せずやるべきことを明確に自覚し、自分にもほかの選手にももっと厳しく向き合うべきだと思います。私自身も足りない部分をあらためて実感したので、みんなからさらに必要とされるようにスキルアップしていかなければなりません。

 

 

一しかし、男子も少しずつながら確実に上向いているように感じます。

この3年間で最大限の努力をして、今取り組んでいる攻撃を本番で存分に発揮することができれば、メダルを狙える位置にいると感じています。格上の国にも以前より勝てるようにもなりました。 しかし、まだ好不調の波が大きい。女子はリオが終わって安定感が増し、本当に強くなっています。それは勝ち方を知っている差だと思うんです。これからの3年間の成長を楽しみにしていてください。

 


はやし・たかき=文

フリーライター。1969年福岡県出身。2000年「月刊ホークス」誌の創刊に参画。以後、福岡ダイエーホークスおよび福岡ソフトバンクホークスファンクラブ会報誌、オフィシャルイヤーブック、「スポーツ報知」紙などで記事を執筆。