vol.50(2018.4)【特集】

山下慎治
日本代表として挑む初の世界舞台

ブライドマラソン(視覚障がい者マラソン)の山下慎治選手が、昨年12月の防府読売マラソンで2時間47分00秒の自己ベストを更新し、日本歴代5位(T12部門)の好記録をマーク。4月に開催されるロンドンマラソンの日本代表に初選出された。念願の世界戦デビューを前に、その心境や意気込みについて語る。


一ロンドンマラソン日本代表選出、おめでとうございます。 

ありがとうございます!

 

一選出までの経緯をあらためて。 

選考レースである昨年のロンドンマラソンと北海道マラソン、防府読売マラソンで記録の上位6名が代表に選ばれることになっていて、2大会を終えて3名が内定。残る3枠のひとつを最後に勝ち取ることができました。

 

一ロンドンマラソンはワールドマラソンメジャーのひとつ。4万人が参加し、100万人が声援を送るという大舞台です。 

いつか自分も走りたいと思っていて、尊敬するリオパラリンピック銀メダルリストの道下選手と世界大会でようやく一緒に走れるといううれしさもあります。しかし、それ以上に、未経験の世界大会に出て東京2020大会につなげたいという気持ちが強いです。挑戦者としてさらに上を目指すための通過点だと考えています。

 

一初の世界大会ということは日の丸背負うのも初めて? 

はい。実は海外に行くこと自体が初めてなんです。これまで北海道までしか行ったことがありませんから(笑)

 

一初めて日本代表に選ばれて心境の変化はありますか。 

代表選手として、人として今まで以上にきちんと行動しないといけない、競技だけではなく私生活を改めて人間力を高めて行きたいという気持ちが強くなりました。

 

一初めて尽くしで準備が大変では。 

たとえば路面の石畳の状態はどうか、走りにどう影響するのかなどわからないことが多いので、出場経験のある選手から情報を集めて対策を練っています。若干の不安や緊張もありますが、とにかく楽しみたいです。

 

一出場が決まって伴走者の反応は。 

みんな「ほっとした」と言っていました。喜んでくれたというより、一緒に目指してきた仲間として喜びを分かち合ったという感じです。ロンドンでは、防府読売マラソンと同じく前半を浦川さん、後半を坂梨さんと走る予定です。

 

一大会に向けた練習内容は。 

特別なメニューを新たに追加したりせず、これまでどおりの練習に継続して取り組んでいます。

 

一大会での目標、テーマは。 

異なる環境でもベストパフォーマンスを発揮することです。伴走者ともども気負わず、あくまで大会のひとつとして普段どおりの心境で臨み、自己ベストの更新と8位以内の入賞を目指します。また、30歳で競技を始めた自分の存在を障がい者の方々にもっと知っていただき、マラソンに限らず何かに興味を持って頑張れるきっかけになればと思っています。

 

一大会で得たいもの、感じたいことはありますか。 

初めて尽くしがどう影響するかですね。時差ぼけが実際どんなものなのか、長距離の移動や異なる環境で走ることでどれくらい体に負担がかかるのか。世界を肌で感じながら良いことも悪いことも経験し、今後の競技人生に生かしていきたいです。

 

一会員の皆様にメッセージを。 

ご支援していただいている皆様に恩返しができる絶好の機会です。自分の走りを心がけて結果を残し、喜びや感動を届けられるように頑張ってまいります。

 


伴走者より

一伴走者は選手の目となり、脳となり、共に戦うパートナー。

Profile

坂梨 史典(さかなし・ふみのり) 1978年8月29日 福岡県生まれ。
普段は病理担当臨床検査技師として勤務する傍ら、2015年から山下選手の伴走を務める。高校まで陸上競技を経験し、30歳から競技を再スタート、競技歴は9年。自己ベストタイムは2時間36分30秒。


山下慎治選手の走りを見たのは2015年1月11日。かねてより「速すぎて伴走者が足りない」と紹介していただき、興味本位で同じ練習会に参加した際でした。山下選手の走りは私の想像を遥かに超え20km走最後の1kmを3分20秒近くで走っていたように記憶しています。「伴走者がつくことで視覚障がい者がここまで走れるのか」と、正直かなりの興奮を覚えました。

こんなに力があるのに、同じように走ることが好きなのに、「伴走者が足りない」ということで走る機会がなかなか持てない仲間がそこにいる。
何とも悔しくもどかしい。そんな気持ちがきっかけで伴走をやってみようと決意しました。 現在は山下選手のマラソンに対する熱意に共感する数人の伴走者で練習を積んでいます。

ブラインドマラソン(視覚障がい者マラソン)はテニスなどにもあるような「ダブルス競技」にたとえられ、「マラソンダブルス」と称されます。我々伴走者は選手の目となり、あるいは脳となり、ブラインドランナーと共に戦うパートナーです。競技という点に絞れば、我々がボランティアという気持ちでは決して一枚岩になれず、望む結果に到着出来ません。

伴走者はブラインドランナーと同じ競技者。ラリーでいうところのコ・ドライバーといったイメージでしょうか。多くの大会では一般ランナーと走ります。様々な競技規則に測った上で給水補助、接触回避、路面状況やコースの指示、位置取り、ライバル選手の動向の観察等々行うのが伴走者の仕事ですが、簡単な事は一つもありません。体調不良や怪我、故障などレースへの参加そのものに関わるような状態も許されません。

厳しい面もありますが、求めていた結果が伴えばチームで喜ぶことができる。単独走とは比較にならないくらい嬉しい。これが伴走の醍醐味です。これを味わうためにはとにかく練習で一緒に走る。その中で一本のガイドロープから伝わる様々な情報を汲み取る感覚を養い、必要最小限の言葉で的確な指示が伝わるような共通言語を作り上げ、お互いが干渉しないでいられるフォームを磨く。これを目的に日々練習を積んでいます。

ロンドンで開催されるマラソンワールドカップは我々「チーム山下」の初海外レース、初日本代表レースとなります。しっかり準備をして8位入賞圏内、そして愚直に山下選手の自己記録更新を狙っていきたいと思っています。これから山下選手はもっと強くなります。それに対応すべく、伴走者の質と量が求められてきます。最高舞台であるパラリンピックへ向けて、伴走者集めはチーム山下の大きな課題です。
最後に、伴走者としてこのような機会をいただきました事を、本当に嬉しく思います。

 


はやし・たかき=文

フリーライター。1969年福岡県出身。2000年「月刊ホークス」誌の創刊に参画。以後、福岡ダイエーホークスおよび福岡ソフトバンクホークスファンクラブ会報誌、オフィシャルイヤーブック、「スポーツ報知」紙などで記事を執筆。