vol.51(2018.8)【特集】

小西 恵子
葛斎を乗り越えてつかんだ新たな光

??5/25~27 Nottwil 2018 World Para Athletics Grand Prix
??5/31 Daniela Jutzeler Memorial
??6/2~3 Schweizer Meisterschaften (すべてスイス/ノットウェル)

車いす陸上の小西恵子選手が、5月から6月にかけてスイスへ遠征。 3連戦の初戦、100mで5年ぶりに自己ベストと日本記録を更新すると、続く2大会でも好記録を連発した。その躍進の裏側と知られざる胸の内に追る。


一重要だと位置付けていたスイス遠征、その仕上がり具合は。 

去年から徐々に調子が上がってきていたし、冬季練習でも例年以上に走れている感触がありました。状態としてはかなり良かったと思います。

 

一不安要素はなかった? 

去年のスイス遠征は世界選手権の最後の先行レースだったので、すごく気合いを入れて挑んだのですが、逆に空周りして結果がとても悪かったんです。そういうこともあって、今年はどうだろうという若干の不安はありました。

 

一結果は初戦の100mで5年ぶりの自己ベスト更新、しかも日本新記録。タイムは場内の電工掲示板で確認したのですか。 

携帯電話の速報と、会場内の掲示板への貼り出しで確認できるのですが、私は貼り出しを見に行きました。

 

一記録を確認した瞬間の心境は。 

実は走り終えたとき、レーサーに取り取りつけているスピードメーターが時速26.2?という、これまで見たことない最高速度を示していたんです。それで自己ベストかもしれない。更新できているといいなと祈るような気持ちで見にいきました。確認した瞬間は本当に嬉しくて、思わず涙が出ましたね。なかなか越えられない壁でしたから。

 

一走る前に現地で好タイムが出る予感、予兆はありましたか。 

はい。現地での練習で100mを走った時も26.4?が出ていたんです。今まで26?を越えたことがなかったので、この競技場でこの風があれば、もしかすると・・・とは思っていました。

 

一少しは不安を払拭できた? 

これまで筋トレなどのハードなメニューをしっかりとこなしているときは、練習で走ってもあまりスピードが出ていなかったんです。それでちょっとした賭けだったのですが、今回は練習を詰めてやった後、1週間ほど疲れを取って本番にピークをもっていくという調整を試していたので、現地に入って調子が良くて安心しました。

 

一記録更新の原因は、やはりこれまでの積み重ねでしょうか。 

それも確かにありますが、多くの方のアドバイスやサポートを通じて良い方向に導いていただいたことが大きいと思います。競技仲間に練習方法を相談したり、聞いたことを試してみたり。出会って5ヶ月ほどですが、トレーナーさんのアドバイスが私の走りにぴったりと合っていたこともあるでしょうね。

 

一そのトレーナーはどんな方? 

骨や筋肉の動きについて解剖学的な考え方をする方なんです。初めてお会いした時に「自分の障害や体のことをもっと理解した上で鍛えれば、不利なこともポジティブに変換できるのでは」と言われたんです。「足が動かないことは逆に武器になるかもしれない。固定できる分、よりいい動きができるようになるかもしれない。それを追求していこう」と。それで一緒にやってみたいと思い、練習内容を見直しているところなんです。

 

一どのように変えたのですか。 

筋力をより効果的に使うため体幹を鍛えたり、瞬発力を高めたりするトレーニングが中心になりました。筋トレのメニューの種類が半分以下に減らしたのですが、ベンチプレスで以前より重いものを挙げられるようになりました。

 

一とても効果的だったと。 

私は腹筋と背筋が効かないT53というクラスなので、今まで体幹トレーニングはあえて避けていたんです。今もしっかりとした腹筋運動などはできていないのですが、なるべく体幹を使うようにするというか、眠っているかもしれない体の機能を呼び起こそうという狙いなんです。

 

一もう自己ベストを更新できないかもと弱気になったことはありませんでしたか。 

自己ベストが出たのは100mが2013年で、200mが2014年なんです。私が褥瘡(床ずれ)の手術を受けたのが2014年の後半。その後はなかなか調子が上がらない状態が続いて、“私のピークはあのころだったのかもしれない”という気持ちは正直、心のどこかにありました。もちろん完全にあきらめていたわけではありませんけど。ただ、自己ベストを更新するベテランの存在が励みになっていて、私もいつかはという気持ちもありました。

 

一新記録が出た後の2戦目の100m、3戦目の200mも自己ベストにあと0.01秒の好記録。気が緩むことはなかったのですね。 

正直そうなりかけましたけど、喜ぶところは喜びつつ目の前の走りに集中しようと思っていました。100mの世界記録は16秒19なんですよ。同じレースのトップはやはり16秒台で、200mの世界記録は28秒61。そこを目指して行きたいという気持ちが強いですからね。

 

一今年の抱負は「自分を超える。」まさに有言実行です。 

実は、スピードスケートの小平奈緒選手の記事を読んだことが、そう決めた理由のひとつなんです。ライバルや世界ランキングなどばかりにとらわれるのではなく、自分のやるべきことをやって走りを良くすることに集中する。そして自分を超えていくと。つまり横型比較思考ではなく、縦型比較思考ですよね。私は過去に周りとの比較に縛られてしまった苦い経験があるので自分もそうありたい、自分の走りそのものをおろそかにしてはいけないとあらためて気づかされたんです。応援していただいている方々に結果で応えたいのは当然ですが、今後はそういった気持ちも大事に足元を見つめていきたいです。

 

一反省点や課題はありますか。 

動画で振り返ってみると、後半で頭と手の動きが逆になっていたりと良くない癖も出ていました。そうした点を改善していければもう少しタイムも上がっていくと思っています。

 

一海外遠征や連戦でコンディションを維持するコツは。 

毎回調整に迷わないよう、全大会で状況を記録するようにしています。これだけ走ったら翌日はこれくらい疲れが残った、こんな調整をしたら調子が良かったといったことですね。それを見返しつつ、その時々の調子に合わせて調整しています。

 

一最後に会員様へのメッセージを。 

いつも応援ありがとうございます。メールなどで直接メッセージをくださった方もいてすごく励みになっていました。近年で一番いい結果を残すことができたのも会員様のおかげです。今回の記録更新を励みにしつつ、新たな挑戦を恐れずやるべきことをしっかりと継続していきます。

 


はやし・たかき=文

フリーライター。1969年福岡県出身。2000年「月刊ホークス」誌の創刊に参画。以後、福岡ダイエーホークスおよび福岡ソフトバンクホークスファンクラブ会報誌、オフィシャルイヤーブック、「スポーツ報知」紙などで記事を執筆。